.mdが強いのは保存ではなく流通のためだった

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最初「AIへの指示文を送るため」「言葉の区切りや重要性を知らせるため、Markdownファイル(拡張子 .md)を使いはじめた。

その時点では、ほんの一回限りの用途にすぎず、ここにきて、テキストエディタのデフォルトを.mdにすることまでは想像していなかった。

ブログを書くときにもマークダウンは便利だったし、txtでは表現しにくい、文字の価値観の差をつけられるところは優れていると思うし、なによりエディタ上で色分けされるから視認性もよく、文章の中で自分が今どこにいるのかも一瞬でわかる。

見た目の助けがあるだけで、編集のしやすさは大きく変わるし、htmlタグをいちいち打って閉じるより、先頭に記号を置いて空白を入れるほうがずっと簡単。

マークダウン対応のブログサイトなら、そのまま記事の形に近づいていくわけだし、制作スピードも段違い。

とはいえ、最初の頃は、AIの指示文として便利だからという単純な理由で、そこにあったのは、あくまで局所的な効率だった。

でも、ファイル修正する場面が増えてくると、txtより.mdのほうが人間にもやさしいと感じるようになった。

色分けや文字サイズの違いがあるだけで、どこが見出しで、どこが本文で、どこが強調なのかがつかみやすい。

残念ながら、txtはこれが見づらい。

軽量なのは認めるが、長文を読み返すようなことにでもなると、少し嫌になるところがある。

ここで強くなっていたのは、保存性というより流通性だったのだと思う。

txtは余計な物を付随しないから、いろんなところで再利用しやすく、別の場所へ持っていきやすい。

しかし、その汎用性は今やMarkdownファイルに奪われているような気がする。

一部のブログであれば、そのまま流してもいいし、仕様書や議事録の下地にもなるうえ、AIへの入力にはもってこいといってもいいだろう。

その感覚は、txtをデフォルトにしていた頃と比べるとよく分かる。

余計な手間や作業が減り、扱いやすくなった。

無駄を極力なくしつつ、構造化できる。

AIや機械との相性がいいのはたしかだが、今のところそれは人間にとっても同じ。

他のプログラミングほど難しいものでもないし、少しの学習で、仕事の能率が驚くほど上がる。

そう思うと、.mdの強さは、単に「きれいなテキスト」だからではない。

とはいえ、ここで言い切りすぎるのも違う。

少なくとも書き手の実感としては、.mdで困った場面はないが、それはまだ個人の使い方の範囲でもあるからかも。

多くのメモが本当に再利用されるのか、それとも結局は読み捨てられていくのかは、別に確かめる必要がある。

mdがデフォルトになっていく気がする、という感覚も、まだ予感の段階。

それでも、以前の「シンプルさ」と今の「シンプルさ」は同じではない。

昔は余計な装飾がないことがシンプルだったが、今は、AIにも人間にもそのまま渡せて、構造まで見えることがシンプルになっている。

現状ではシンプルさの意味合いは変わってきていて、.mdが強いのは、その変化をいちばん素直に受け止める形式だからなのかもしれない。

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